ドミニク・カシアーニ、BBC国内・法律担当編集委員

Reuters
現代の警察にとって、抗議集会の現場で治安を維持するのは、特に難しい任務のひとつだ。何もかもうまくいけば、現場の警察指揮官とイベントの主催者たちがどうやって安全な集会を実現したか、世間は気づかないままで終わる。
しかし何かがうまくいかなくなると、失敗を非難する声がいや応なく高まる。
ロンドン警視庁のクレシダ・ディック警視総監にとって14日は、さぞ寝覚めが悪かっただろう。部下の警官たちが女性を抑圧したと非難され、野党の政治家たちが口々にディック氏の辞任を求めていた。
ロンドン南部クラパムの13日夜の出来事は警視庁にとって、PR上の大失態だった。しかし、クラパムで失踪した女性のための追悼集会が大混乱に陥る前から、実は今回の騒ぎの種はまかれていた。パンデミック対策のロックダウンの中、そもそも集会を開いて良いのかどうかの法律上の議論は明確な答えが出ていなかったし、その後の展開は次第に制御不能になっていった。
警察はこの事態を予測すべきだったのだろうか。この点こそ、大規模集会を警備する警察にとって、常に最大の課題だ。
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今月3日にクラパムで行方が分からなくなり、8日に遺体が発見されたサラ・エヴァラードさんのため、国内各地で大勢が集会を開きたがっていたのは、その死亡が確認される前から明らかだった。
「Reclaim These Streets(この街の道を取り戻そう)」というスローガンのもと集まったロンドンの女性たちは、エヴァラードさんが消息を絶った場所に近い緑地公園クラパム・コモンで、集会を開きたいと警察に要請した。
警察は、現在のロックダウン規則では集会は違法になると回答した。このため女性たちは弁護団を通じて裁判所に、警察に再考を促すよう訴え出た。
ただし、ロックダウン関連の法律はそこまで明確ではない。そこが問題なのだ。
新型コロナウイルス対策の規制には、あいまいな部分や何も決められていない空白の部分が多い。そのせいで市民も警察も1年近く、公共の場で何が許されるのか正解を見つけようと四苦八苦してきた。あまりにルールが複雑で、紅茶を手に外を歩いていただけで罰金を科せられた人たちもいるほどだ。
「まともな理由」

PA Media
イングランドでは現在、公共の場での集会は原則禁止されている。しかし場合によっては、「まともな理由」のためなら屋外にいても良いとされている。
ただし法律は、今回の追悼集会のような国民的重大事についての抗議集会が、その「まともな理由」に含まれるか、明確にしていない。
新型ウイルス対策の規制がなんと言おうとも、最も重要な表現の自由は人権法で保障されている。ということはつまり警察には、安全な抗議集会の実施を可能にする法的な義務があるということだ。
とはいえ、集会の自由は絶対的な切り札ではない。イベントを中止させるべき相応の理由があると警察が示すことができれば、警察には集会を中止させる権限がある。
ロンドン高等法院で12日、「Reclaim These Streets」の弁護団と警察が難しい法学論争を何時間も繰り広げたが、判事は結局、警察の判断に介入せず、議論した法律上の論点をすべて念頭に、当事者同士で話し合うよう言い渡した。
明確な司法判断が示されないまま、「Reclaim These Streets」は勝利を宣言し、追悼集会を整然と実施するにはどうしたらいいか、警察側がその方法を交渉する必要があると主張した。
警察が反論
これに警察側は、自分たちの言い分こそ裁判所に認められたのだと、強硬に反論した。深刻な感染拡大イベントになりかねない、無制限のデモは認められないとして、家にとどまるよう、「Reclaim These Streets」に告げた。
このため集会主催者たちは13日午前の時点で、追悼集会の開催を諦めた。ロックダウン規制に違反して大規模集会を企画すれば、各自が1万ポンドの罰金を科せられる、重たいリスクもあった。
しかしその時点で、イベントのあるなしに関わらず、大勢がクラパム・コモンに集まるのはもはや避けようもなかった。ソーシャルメディアはこの話題で持ちきりだった。
人が集まるのは確実で、そして仮に警察が集会を許可していれば「Reclaim These Streets」が用意するつもりだったという会場整理係もいない状態で、警察はどうやって集まる人の安全を守るつもりだったのだろう。
作戦

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警察の対応において、公園の円形ステージで演説が始まった時が転換点になったようだ。午後6時ごろのことだ。演説を聞こうと、大勢がステージに押し寄せた。
ヘレン・ボール警視監は、「この時点で現場の警官は、非常に難しい判断に迫られた。何百人もの人が密集状態で、COVID-19を簡単にお互いにうつすリスクがきわめて高くなった」と説明した。
そのため警官たちは、ステージの周りの密集状態を解消して、大勢が密集する原因を作っている当事者たちをステージから排除することにしたのだ。
円形ステージで地面に押さえつけられ、後ろ手に手錠をかけられている姿を撮影された、赤髪のパッツィー・スティーヴンソンさんは、現場から連行され、感染対策違反として罰金200ポンドを言い渡された。
彼女は暴力を振るったとはされていない。しかし、集会のほかの場所で暴力はあったのだろうか?
集まった人たちは明らかに怒っていた。群衆の一部は警察に向かって、挑発的な罵声を繰り返していた。
現場の警官を代表する首都警察連合によると、クラパム・コモンで警官26人が殴られたり、蹴られたり、つばを浴びせられたりしたという。
英PA通信が入手した現場写真では、警官が押されている様子がはっきり見て取れる。警察車両のサイドミラーが、わざと破壊されている写真もある。似たような状況が少なくとも3度はあったことが、現場写真から分かる。
そしてその3度とも、警察を攻撃したのがどういう人かというと……それは男性だった。女性ではなく。
残る疑問

PA Media
ボール警視監は、集会現場で強制行動が必要になるような立場にロンドン警視庁は立たされたくなかったとコメントした。しかし、この追悼集会が他のイベントに比べてそれほど感染リスクが高いと、なぜ警察が判断したのか、なぜ実現の方法を警察が見つけられなかったのか、理由がはっきりしない。
イギリス各地の警察は、ロンドン警視庁の対応を参考にしようとしていた。しかし、ロンドン以外で行われた手作りの集会について(確かに規模はロンドンよりはるかに小さかった)、各地の警察は見守る姿勢をとった。
比較対象としては、昨年夏のロックダウン中にロンドンをはじめ国内各地で相次いだ、「Black Lives Matter(黒人の命も大事)」デモが挙げられる。あの時は、明らかに社会的距離が守られていなかったが、警察は容認していた。
なぜ対応が違ったのか? そしてクラパム・コモンでの対応はどのように展開したのか。警視庁がプリティ・パテル内相に提出した報告書には、その説明があるのかもしれない。
パテル内相はすでに、警察監察局(HMIC)に外部調査を実施するよう指示した。ディック警視総監が留任するのかどうかは、究極的には内相次第になり得る。
警視総監の直属の上司はロンドン市長だが、サディク・カーン市長もディック氏と会談後に、事態について深い懸念を表明している。そして、警視総監の任免権はロンドン市長と内務大臣の両方にある。
デイム・クレシダ・ディックは、警察組織においても政府においても、尊敬を集めている。歴代警視総監の中でもその評価は高い。しかし、批判も少なくない。
ロンドン同時爆破事件から間もない2005年7月下旬に、ブラジル人男性ジャン・シャール・デ・メネゼス氏が自爆犯と間違われ、無実にもかかわらずロンドンの地下鉄駅で警官に射殺された事件は、ディック氏が指揮したものだった(その後の裁判でディック氏は無罪評決を受けている)。
2017年にロンドンの警視総監となったディック氏は最近では、2018年からロンドン中心部の幹線道路や橋などを占拠して気候変動対策を訴えた「Extinction Rebellion(絶滅反乱)」運動に対応するため、政府の協力を仰いだ。政府はこれに賛成し、デモ対応の警察権限を大幅に強化するため内相が提出した法案は、15日にも下院で審議が始まる。
大規模な抗議集会の現場対応を経験したことのある警官ならほとんど誰もが、個別のミスは別にして、何か問題が起きたらまったくどうしようもなくなるのだと話す。
ロンドン警視庁初の女性警視総監が、もしもこのような状況で職を追われることになれば、かなりの思わぬ展開だと言えるだろう。
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